2007年07月02日

台南市の散策(1)

 台南市を訪れました。

 台南市は高雄市から北へ車で1時間ほどの距離にあり、人口30万人、台湾の最古の都と言うことでの歴史探訪を兼ねた半日観光でした。
台湾は勿論のこと先史時代から原住民(失礼!)は住んでいましたし、紀元後の三国時代の時代にも本土から僅かな支配者と共に移住してくる漢民族も居た訳ですが、俄かに歴史の表舞台に現れるようになったのは、16世紀の末から17世紀初頭、ヨーロッパの列強国が植民地を求めて進出してくる「大航海時代」を迎えるようになってからでした。

イギリスやスペインと覇を競いながらも、1624年国力の衰えた「」の隙を狙って現在の台南市の港を占領して砦を築き、先住民を使いながら米や香辛料のプランテーションの先鞭をつけたのはオランダでした。
当時の朝鮮半島から中国南部の沿岸部を荒らしまわり恐れられていたのは、ヨーロッパ諸国ばかりでなく「倭寇」の存在も無視できません。

 歴史の教科書では倭寇と言えば日本人の海賊のように表現しているものもありますが、国力の衰えた明の取締りをかい潜り、日本人に成り代わって沿岸部の中国人が徒党を組んでいた海賊団というのが正体でした。
何でも悪いことをするのは日本人という習慣はいつの世も変わらないようですが。

 その最大勢力の海賊団の幹部が日本の長崎の平戸に立ち寄った際に、日本人の妻との間に誕生したのが後の「鄭成功」で、オランダが台南を占領した1624年に生まれました。
成人の後オランダ軍と戦って台湾から追い出した英雄になる訳ですが、追い出した1662年が鄭成功が熱病で亡くなった年でもあったとの事です。

tei1.jpg

●幼年鄭氏母子彫像(台湾:台南市・鄭成功祖廟)

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安平古堡の鄭成功像

つづく。。。


山本 康昭(千葉市在住)

(編集:笠井)

投稿者 suzuki : 05:37 | コメント (0) | トラックバック (0)

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