2007年05月29日

エジプトを旅して(3)

>>5月21日のブログのつづき。。。

 続編の要望もありましたので、骨休めのつもりで読んで下さい。

 翌日はナイルの西岸の見学で、かつて観光客が銃撃のテロに遭った間口100mはあろうかという「ハトシェプト女王の葬祭殿」や、一山超えた奥地の「王家の谷」を訪問しました。

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●王家の谷

 「王家の谷」では62の墓が発見されているが、その内61の墓は盗掘に遭って、残り1つの未盗掘の墓が有名な「ツタンカーメンの墓」だったのです。
でも訪問の2日前に、その墓の直ぐ傍らから5体のミイラが発見されたとかで、世界の報道機関が集まってた位ですから、まだまだ新たな墓が発見されても不思議は無いようです。

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●ツタンカーメンの墓の説明図(実際のお墓はあまり大きくありません。)

 翌日はカイロに戻り、今回の旅の大きな目的でもある「エジプト考古学博物館」を見学。
町の真ん中の古ぼけた2階建ての博物館ですが、17万点にも及ぶエジプトが誇る数々の発掘品が無造作に、本当に無造作に粗末な木製の陳列ケースに入れられて展示されています。
もちろん目的は「ツタンカーメン」にまつわる収蔵品で、約千数百点の副葬品が2階に展示されており、圧巻は111舛僚禧發隆修函11舛僚禧發離泪好でした。
この黄金のマスクはかつて日本にも来ましたが、大変な前評判で、余りの混雑から見学には行きませんでした。

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●ツタンカーメンの黄金のマスク

 9歳から18歳までのわずか9年間、ファラオの位置に君臨し急死した若き「ツタンカーメン」でさえこの規模の財宝に包まれているのですから、96歳という現在でも長命と言える歳まで生き、60年以上ファラオの地位に君臨した「ラムセス二世」の墓などは、どれ程の豪華さであったか想像も及びません。
実は博物館のミイラ室にその「ラムセス二世」のミイラが展示されています。
墓は盗掘されたのですが、奇跡的にミイラだけが現在まで残っているのです。

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●アブ・シンベルにあるラムセス2世の像

 顕示欲が絶大に強く、自身の神殿である「アブシンベル神殿」や、ルクソールの多くの神殿にも数々の自らの巨大な像を残し、60数年間に渡り権力の限りを尽くして君臨しトップの座を維持した偉大なファラオのミイラです。
今は小さく縮んでしまって、轍錆色をして虚空を見つめているような頭と、何かを掴みかけているように細い両手を差し出した姿で横たわっているのを目の当たりにして、今回の遺跡の鑑賞とは別な意味で大きな収穫を得たように感じました。

「盛者必衰の理」とはこのことでしょうか。

つづく。。。


山本 康昭(千葉市在住)

(編集:笠井)

投稿者 suzuki : 00:21 | コメント (0) | トラックバック (0)

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